駄目人間から、翻訳者と旅人に Part 7 – 二つ目の大学生活

職業訓練が終わり、ボンへの移動も済みました。新しい町に慣れるため、授業が始まる一か月前にボンに行きました。とても狭くて、あまり気に入らないところですが、自分の道を歩きたいなら、楽人生は捨てるべきだと思います。

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貧乏生活は集中力を上げた

その時の考えは一途でした。早く日本語で流暢になり、翻訳者になり、自由な人生を手に入れることしか考えませんでした。

そのためバイトの時間もなるべく少なくしたので私はお金があまり持ってませんでした。毎日の食事はスープ、ジャガイモとご飯のみでした。そして遊びにも行かなかったです。

でもそのおかげで、勉強を優先することはできました。自分の人生に満足している人はあまり成長できません。

日本語の授業はあまり役に立たなかった

2年も独学で勉強した私にとって、最初の日本語授業はつまらないものでした。なので、授授業が終わってすぐに、私は自分の勉強に戻りました。課題は日本語の上級文法と新聞を読めるようになることでした。

とても難しいと思う方もいるかもしれないですが、毎日同じことを繰り返せば、人間はなんでも学ぶことできます。

韓国語にも挑んだ

韓国語と日本語の文法が近いと分かって、少しだけでも韓国語も勉強しようと思い、週二回夜に韓国語のクラスを受けました。

しかし同時に二つの言語を勉強するのは効率的ではないと思いました。韓国語の授業中には日本語しか考えられませんでした。そして日本語の勉強も遅くなったきがしました。

それに、半年ぐらい勉強しただけなのに、その授業の先生はみんなと凄く会話しようとしていました。まだそんなに単語も分からないし、文法もまだめちゃくちゃでしたので、違和感がありました。

そのほかいくつかの理由で韓国語は一時的にやめて、日本語だけを優先しました。

そして二年後日本への留学を申請しました。

それについては次の投稿でかきます!

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